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みちのくから夢をのせて。大学&民間のテクノロジーで宇宙へ。
[東北大学・吉田 和哉 教授に聞く]

 

 

 

東京工業大学助手、マサチューセッツ工科大学客員研究員を経て、1995年より東北大学。2003年より現職。研究分野は、宇宙ロボット工学、ロボットのダイナミクスと制御、探査工学、超小型衛星の開発。1998年より国際宇宙大学の客員教員として、国際的な宇宙工学教育にも貢献している。

 

2017年12月28日。宇宙開発の歴史に新たな1ページが刻まれる。

人類初の月面探査レース「Google Lunar XPRIZE」。

2007年に開始が宣言されたこのレースは、当初15カ国以上から34チームが名乗りを上げたものの、現在はファイナリストとして5チームにまで絞られており、リミットである2017年内のロケット打ち上げを目指している。

その中に、日本から唯一参加するチームがある。

宇宙工学はもちろん、それ以外にもさまざまな分野のプロフェッショナルが集結したチーム「HAKUTO(ハクト)」だ。

その技術リーダーとして、月面探査車の総合的な開発指揮を執るのが、東北大学工学部研究科の吉田和哉教授。

みちのくの地から月へ。夢と期待を背負った、壮大な挑戦について聞いた。

 

新たなミッションは月面探査車の開発

「今は年末(12月28日)の打ち上げに向けて、全力投球で開発を進めています」

数々の試練を乗り越えて小惑星イトカワのサンプルを地球へ持ち帰った探査機<はやぶさ>をはじめ、東北大学を拠点とした超小型人工衛星の開発など、これまでさまざまな宇宙機・探査ロボットの研究開発に力を注いできた吉田教授が次に挑戦するミッションは、月面を走行する探査車の開発だ。

月面を走行する際の課題は、挙げればキリがない。しかし、その中でも大きな課題が2つあるという。

「ひとつめは月の砂“レゴリス”への対応。レゴリスはパウダー状で、粉雪のように柔らかく月面を覆っているため、車輪が空転してしまうと、その場の砂を掘ってしまいます。

ふたつめは温度制御です。昼は100℃以上、夜は-150℃以下にもなる月面の激しい温度変化に対応しなければいけません」

 

レゴリスの特徴に近い“模擬砂”を使用し、走行性能を確かめている。

 

これまでの研究成果を凝縮した<SORATO>

これらの課題をクリアしたのが、HAKUTOの月面探査車<SORATO>だ。

 

2015年秋に開発した月面探査車PFM3(プリフライトモデル3)。この時点で質量7kg。熱制御を考慮して表面を銀テフロンでコーティングしている。最終フライトモデルのSORATOは質量4kg。他チームの探査車と比べて、はるかに軽い。

 

「“砂にまみれて10年”という言い方が好きなのですが、砂と車輪の力学に魅せられて、研究室の中に砂場を作り、実験結果に裏付けされた研究を行ってきました。走行性能の鍵を握る、ホイールの数や大きさから、グラウザと呼ばれるひれ状の突起の数や厚さ、角度まで、幾度も実験を重ねてきたノウハウがあるため、SORATOでは十分な走行性能を発揮できる設計となっています」

 

実験室の砂場をはじめ、鳥取砂丘や静岡県の中田島砂丘などでもフィールド試験を実施した。

 

温度制御への対応についても自信をのぞかせる。

地球大気圏を飛び出すと、高真空の宇宙空間が広がっている。月には大気が無く、月面上も高真空の世界である。真空環境では温度制御が難しいと吉田教授はいう。

「大気があると、気体が熱を運んでくれるので温度が均一化しやすいのですが、真空環境ではそれができません。太陽光を浴びる面はどんどん高温になり、日陰は放射冷却でどんどん低温になります。さらに電子機器が発熱した場合、空冷ができないのです。外の世界が高温であっても低温であっても、探査車内の電子機器やバッテリーを常に適正に保つために、熱の出入りや、発生した熱の逃し方などを慎重に考えて設計し、検証しておく必要があります。

実は、地球の周りを飛ぶ人工衛星でも状況はほとんど同じです。これまでに自らの手で開発してきた超小型衛星<雷神>などの経験から、宇宙空間で得られた実績データとノウハウを持っているということが、私たちの強みと言えます」

SORATOの最大の特徴は、吉田教授が「異例」というほど“小型・軽量”であること。圧倒的な軽量化により、1kgあたり1億円ともいわれるロケット打ち上げ費用のコストダウンに貢献している。

「探査車の性能を高めるためには、どうしてもサイズが大きくなってしまいがちです。しかし、SORATOは小型化・軽量化を図りながらも、これまで培ってきた技術をベースにすることで高い性能を維持しています」

超小型人工衛星<雷神><雷神2>など、これまでの研究開発のノウハウがSORATOに凝縮されている。

ミッションの成功へ。レース直前まで調整は続く

SORATOに確かな自信を持つ吉田教授だが、まだ対応しなければいけない課題もある。

Google Lunar XPRIZEでは、ロケットや月面着陸船など、月に辿り着くまでの手段も、それぞれのチームで確保しなければならない。既存のロケットを使用するチームもあれば、新しい民間ベンチャーのロケットを使用するチームもある。HAKUTOは他のチームのロケットと着陸船にSORATOを同乗させる、いわば“相乗り”のかたちで月を目指す。

「月面輸送へのパートナーシップを結んでいたアメリカのアストロボティック社が、昨年、2017年内の打ち上げ断念を決めました。そこで急遽、インドのTeamIndusとパートナーシップを結ぶことになったのです。そのため、彼らの着陸船の形やスペックに合わせてSORATOのデザイン変更を求められているのですが、想像以上に課題が多くて…」

少し困ったように、しかし、その課題すらも楽しんでいるように笑顔で語る吉田教授。ミッション達成に向けた調整は、レース直前まで続きそうだ。

 

 

本格化する民間主導の宇宙開発

Google Lunar XPRIZEには、賞金総額3,000万ドル(約30億円)の莫大な賞金が設定されている。

しかし、HAKUTOをはじめ、参加するチームの目的は、その先の宇宙開発にある。

「我々が月でロボットを走らせることは、将来の宇宙開発を見据えた、はじめの一歩に過ぎません。例えば2030年代には、月面に人類が展開するというシナリオが想定されます。“国際宇宙ステーションの月版”のようなものです。そのときに必要な技術を着々と開発していくことが、将来ビジョンの中心です」

長期間の月面滞在で必要となるのが水だ。近年、月に水資源が存在する可能性が指摘されている。

「科学的な観測に基づくと、月の地中に水分が残されていると考えてほぼ間違いありません。北極や南極の日陰となっている場所では、土砂と混じり合って凍土のような状態で存在しているのかもしれませんね。もし、月で水が採取できれば、まずはその起源について科学的に興味深いですし、人にとって安全な飲み水として利用できるのであれば、地球から水を運ぶ必要がなくなり、月ステーションを維持するための輸送コストが大幅に抑えられます。

さらには、水を電気分解すれば酸素と水素が取り出せます。酸素はもちろん有人活動に不可欠ですが、水素はロケット燃料としても有用です」

このような宇宙資源探査をはじめ、民間企業が宇宙開発を展開する動きは世界中で加速している。

その背景にあるのは、国際的な情勢の変化と技術の進化だ。

「アポロ11号が月へ行ってから、まもなく50年です。当時は国家間で覇権を争うために宇宙開発が行われており、アポロ以降、月に行くことの目的が失われてしまったかのように言われてきました。人類の科学的な知見を広めるために宇宙探査を続けることは大切なことですが、それを国家の予算で行う場合、他の政策課題と予算の取り合いになってしまいます。財源は税金ですから、誰もが納得する成果が確実に期待される手堅いプロジェクトが優先され、ハイリスクな挑戦は行いにくくなっています」

この現状を打ち破れるのが、大学と民間が主導する宇宙開発である。

「東北大学で取り組んできた<雷神><雷神2>などの成果として、宇宙機関でなくても、宇宙環境できちんと仕事ができる人工衛星を開発できることが実証できました。政府プロジェクトによる大型衛星は1機数百億円も掛かりますが、1機数億円以下の超小型衛星でも十分な性能を発揮できます。しかも短期間に多数の衛星を開発し、複数の衛星を同時に打ち上げることもできるようになってきました。

いまや宇宙開発のスタイルが大きく変わり、民間宇宙開発ビジネス・ビックバンと呼ばれています。たとえば、ビッグデータの収集や、ITと宇宙が結びついた領域で新しいビジネスの可能性が見えてきており、次々と新しいベンチャー企業が立ち上がってきています」

 

吉田教授らが1999年に開始した人工衛星打ち上げプロジェクト<CAN SAT>や<QUBE SAT>なども、大学&民間の技術力向上に貢献している。写真は2014年に打上げられた<雷神2>。50kgと小型ながら、大型衛星の性能を凌駕する新しい地球観測技術の実証に成功した。

 

工学者として宇宙事業へ。吉田教授が描く夢

現在、宇宙ロボット工学の第一人者として、世界中を飛び回る吉田教授。その原点は、子どもの頃に感じた宇宙への憧れだという。

「8歳の頃、アポロ11号の月面着陸をリアルタイムで見ていたことが、宇宙に惹かれるきっかけのひとつになりました。その後も1971年の火星大接近や、予測が外れた1972年のジャコビニ流星群など、さまざまな天体ショーの体験が記憶に残っています。中学生になると、勉強などに忙殺されていたのですが、高校生のときに天文台の先生の講演を聞いて再び宇宙への熱が高まり、宇宙や星のことが学べる大学に行きたいと思うようになりました」

しかし、大学では希望した理学部に入れず、工学部に進学することになった。

「初めは天文学や惑星科学の研究者になりたかったんです。しかし、それが叶わず工学者の道を歩み始めました。それから紆余曲折を経て、宇宙探査ロボットの研究を始めましたが、今ではこれで良かったと思っています」

心からそう思えたエピソードがある。小惑星探査機<はやぶさ>の開発に携わったことだ。

「試行錯誤の末、完成したはやぶさの探査機が、小惑星イトカワから岩石のかけらを採取してきました。そして現在、そのサンプルからいろいろなことがわかってきています。工学者として探査機の開発に携わり、宇宙の未知なる部分の解明に貢献できたというのは本当にうれしいことです」

さらに、吉田教授にとってうれしい出来事があった。

「はやぶさの開発について、科学者の方々と共著した論文が科学誌『サイエンス』に掲載され、自分の名前を残すことができました。ロボット工学者になった当初は、宇宙とは縁遠い世界に来たなと思ったこともありましたが、宇宙科学者の仲間に入れてもらえた、ひとつの勲章だと思っています」

国際宇宙大学で客員教授を務める 吉田教授のもとには、宇宙工学を志す世界中の学生が集まる。

現在でも、宇宙へのワクワクする気持ちが、研究開発の原動力になっているという吉田教授。最後に自身の夢を聞いた。

「難しいかもしれないけど、やはり自分自身がいつか月の上に立ってみたいですね」

吉田教授の大きな夢への一歩を、SORATOが月面に刻んでくれるはずだ。

 

TED × Tohoku(2014年10月)
『宇宙へ飛びたて!小型衛星と小型ロボットが宇宙開発の常識を変える』

これまでの研究開発やGoogle Lunar XPRIZEについて、吉田教授によるプレゼンテーションを動画でご覧いただけます。

http://www.astro.mech.tohoku.ac.jp/TEDxTohoku-Yoshida-subtitles-j.html