門前町の長屋を文化・芸術の拠点にリノベーション
「八藝舘」オーナーが抱く夢

盛岡市八幡町は、300年以上の歴史を持つ盛岡八幡宮の門前町だ。盛岡八幡宮には、お正月の初詣や秋の流鏑馬(やぶさめ)、山車(だし)行事などに多くの人が訪れ、盛岡市民にとっては馴染み深い神社である。

筆者のふるさとは盛岡だが、八幡町の記憶は10年以上も前のものしかない。夜は居酒屋やスナックが建ち並び、賑やかな声が聞こえてくるのに対し、昼間は静かで落ち着いている印象があった。名物のぶちょうほまんじゅうが売られている「陽月菓子店」や、学校帰りに訪れた老舗のお好み焼き店、おつかいで訪れた八百屋などもあり、今となっては懐かしい思い出の場所である。

この界隈に「八藝舘(はちげいかん)」という今年2月にオープンしたリノベーション施設がある。オーナーの及川淳哉さんは宮城県石巻市出身の方で、保険会社を営んでいるらしい。古い町並みや歴史あるイメージの八幡町に八藝舘を作った経緯はどのようなものなのか、詳しく教えてもらうために及川さんを訪ねた。

 

八藝舘オーナー・及川さんが語る

アメリカでの貴重な経験

及川さんは大学の進学とともに石巻を離れ、盛岡へやってきた。大学卒業後は外資系の保険会社に就職し、現在は八幡町で独立し保険業を営んでいる。「すっかり盛岡の人間です。この辺りは景色もきれいだし、本当にいいところだと思いますよ。東京は人が多くて住みにくいですし。」と及川さん。

八藝舘を運営する及川さん。大学卒業後は保険会社に就職し、26歳まで東京と秋田で過ごす。その後は現在まで24年間盛岡で活動している。

事務所を訪問したときに思ったのが、「まるでおしゃれな輸入雑貨店みたい」ということだった。赤や緑などのカラフルな照明、英字のポスター、チェック柄のビンテージシャツなどが飾られており、センスとこだわりが感じられる空間が広がっている。「突然入ってきた人に『ここ何屋さんですか?』って聞かれて、『保険の事務所なんです』と答えたら、すぐ出て行かれたことがありました。」と笑った。

日本の保険会社としては見慣れない光景だが、アメリカでは普通のことらしい。「向こうの金融ブローカーたちのところに行くと、ヘビメタみたいなハードロックをかけている事務所があったり、みんな好き勝手にやっていますよ。日本もこうならないかなと思う。」と現地ならではの話を聞かせてくれた。

アメリカでは日本で習っていた英語が全く通じなかったが、必死にコミュニケーションを取って言葉を覚えたという。

 

及川さんがこのような事務所にしているのは、アメリカを訪れた経験が影響している。前もって計画していたわけではなく、ほとんど思い立つがままに現地へ飛び立ったそうだ。「マルボロのコマーシャルを見て、なんとなくアメリカに行きたいなと思ったんです。」と初めて現地へ訪れた大学時代を振り返る。マルボロのコマーシャルとは、アメリカ南西部モニュメント・バレーの荒野にカウボーイが登場する作品だ。及川さんは、大学にいたアメリカ人の先生に「カウボーイに会いに行きたい。」と声をかけ、ホームステイ先を紹介してもらったという。

1ヶ月間の滞在中に観光だけでなく農場のアルバイトもしたそうだ。「アメリカでは古着が1ドルで売られていたので、働いたお金でけっこう買っていました。日本ではアメカジが流行っていたから、古着を持ち帰るとみんな欲しがって売れたんです。これなら日本で一生懸命アルバイトをしなくてもいいなと思ったんですよ。」と当時の貴重な経験を披露してくれた。

社会人になってからも投資の勉強のためにアメリカへ行くことがあったという及川さん。その度に日本では当たり前のやり方を見直すきっかけになったり、仕事のヒントが得られるいい機会になったそうだ。今回の八藝舘の事業も現地へ初めて行ったときのように「えいっ」と思い切って始めたと語る。

 

地域とともに自らも成長するための

リノベーション事業

なぜ八幡町にリノベーション施設を作ろうと思ったのかと聞くと、きっかけは地域の人たちとの交流だったという。「もりおか八幡界隈まちづくりの会」のメンバーから声がかかり、食事や話し合いに参加していくうちに、まちづくりについて真剣に考えるようになったらしい。「ここで起業してから古い建物が次々に壊されて駐車場にされたり、新しいアパートが建ったりしました。古い町が壊されていくのは嫌だったんです。」と及川さん。

八藝舘の建築を見ながら「古いものは作れない。だから大切に残していきたい。」と思いを語る。

自分にも具体的に何かできることはないかと考えている最中に、建物をリノベーションして再活用するのはどうかとひらめいた。及川さんは、「本業だけでも普通に生活できる、楽しく仕事はできるんですけど、それだけだとつまらない。」と言う。そして「投資って価値のあるものに資産を投じることを言うんです。自分は投資の勉強をしてきて、一度火が消えてしまった町に事業を起こすことに価値があると学んできました。町に対しての投資だから地域の人が協力してくれるし、心配して見に来てくれる。」と、これまでの保険業で培ってきた知識を活かして、八藝舘の事業に取り組みたかったと話す。

「町に投資することでどういうものが返ってくるのかを知りたいし、今まで見たことがない景色が見られるかもしれない。この事業を通して自分の知見が広がればいいなと思っています。」とまちづくりを通して、地域とともに自分も成長していきたいと意気込んだ。

町の人との交流と、及川さんの金融の知識が融合して生まれた八藝舘。館内には、公共性の高いギャラリーや、シェアオフィスを設け、町に人を呼び込み活性化させるという考えに辿り着いた。

 この八藝舘を運営する会社は、保険会社と同じ事務所に立ち上げた「盛岡八幡家守舎」というまちづくりの会社だ。「八幡町の方々は“八幡”という言葉にこだわりを持っています。町の人にとって“八幡”という名前が神聖なんです。」地域の人々に対する及川さんの細かな配慮がうかがえた。

 

長屋のアイデンティティを残した八藝舘

盛岡のトキワ荘を目指す

八藝舘の元の建物は、明治40年代に建てられただんご店と、昭和20年代に建てられたせんべい店だ。それぞれ「だんご塔」「せんべい塔」と名付けられ、八藝舘はこの2棟からできている。

だんご塔のギャラリースペース。地元のさをり織り作家の方による個展が開かれていた。

だんご塔には、誰でも気軽に立ち寄れるギャラリーやコミュニケーションスペースがある。段差に引き出しが付いている階段や襖に書が書かれた押入れ、建物の構造などから昔の暮らしの情景が目に浮かぶようで、趣が感じられる。当時の建築デザインが現代でも楽しめるのは、リノベーション物件ならではだ。

引き出し付きの階段。この中には当時の新聞がそのまま入っていたという。

八藝舘のギャラリーでは地元の作家の方が生き生きと活動しており、非常に興味深かった。ふらっと立ち寄れて、作家との会話が楽しめるのもおもしろい。

一方のせんべい塔は、入居者のみが利用できるシェアオフィスになっている。「八幡町は昔から長屋の町なので、長屋らしいアイデンティティを残したかった。」と及川さん。事務所は個室であっても、長屋のようなコミュニケーションが取れる環境を作りたかったと語った。

せんべい塔の入り口付近にある応接室。プレゼンルームとしても利用できる。

及川さんはシェアオフィスについて、「何かを新しく発信していく方たちに入ってもらいたい。そして、ここから芸術や文化を広めていきたい。例えるなら、手塚治虫や藤子不二雄など日本を代表する漫画家たちが若い頃に切磋琢磨したトキワ荘のような場所にしていきたい。」と語る。そして「いろいろな人に利用していただきたい。ここで新しく事業を始めて成長したら、より志を大きくして卒業していってほしい。」と願っている。

シェアオフィスは、畳の3、4帖のスペースだ。すべてが個室になっている。

 

八藝舘に込められた思い

町も作家もお互いが育て合える場へ

盛岡は文化人が多いが、作家は育ちにくい環境にあると及川さん。優秀な作家がいたとしても、盛岡に活動できる場がなく、首都圏へ行ってしまう人たちをなんとか地域で育てることができないかと考えているのだ。そのためにも八藝舘を通して地域の人がもっと身近に芸術や文化を感じられるようにし、町も作家もお互いが育てあえるような場所を作っていきたいと強く思っている。「八幡町に来たことがない人をたくさん連れてきたい。八藝舘というものが自分の手から離れて、八幡町の公民館的なものになってくれたらいいなと思う。あるいは若い人たちに早く譲って、その人たちに全く別の使い方をしてもらうかもしれない。もしかするとそれが最大の投資になるのかもしれない。」と及川さん。

そのひたむきな姿勢から、盛岡の将来を担う若い人たちの意見を聞き、これからの町を作っていきたいという熱意が感じられた。筆者も八藝舘を通して八幡町にたくさんの人が訪れてほしいと思う。

「65歳くらいで引退して、カリブ海に住むって決めているんです。」と将来を見据える及川さん。八幡町と及川さんのこれからが楽しみだ。

八藝舘の名前には、八幡町から新たな文化や芸術を発信していきたいとの思いが込められている。

 

株式会社 盛岡八幡家守舎
岩手県盛岡市八幡町6−8 TOWERS BILL(株)内
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