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山仕事を通して見えてきた大事なこと、
みんなに楽しく伝えていきたい。

 

 

「ここから先は普通の車じゃ行けない。こっちに乗って」。

東北に暮らしていると、軽トラックのパワーに圧倒されることがしばしばあります。田んぼのあぜ道も牧場の草むらもへっちゃら、ぐいぐいと突き進んでいく小さな車体はオフロードカー並みのたのもしさです。
そんな軽トラに乗り換えるようにうながされました。
ここは岩手県葛巻町の森の中、天狗森神社という小さなお社をいだく山のふもと。古びた赤鳥居の奥には、草と灌木に覆われた、けもの道のような作業道が続いています。
私たちが乗り込んだ軽トラのハンドルを握るのは、ふもとの集落に住む外久保蔦雄さん。ぐっとアクセルを踏むと、車はエンジンをうならせながら、山の中を突き進みはじめました。

外久保蔦雄さん

伐開(林道を造ること)のために切り出された材木も整然と積み上げられて。

 

葛巻に生まれ、葛巻の山を知り尽くす

森の達人。ー外久保蔦雄さんは、そう呼ぶにふさわしい人です。
葛巻に生まれ16歳で林業の世界へ飛び込み、冬になると山中に建てた小屋で暮らし、木こりの修行に明け暮れたといいます。
「家に帰るのは正月だけでした。当時は伐採もまだ手切りでね、仕事を覚えるので精一杯。山仕事は奥が深く、知れば知るほどきりがなく広がっていく世界だった」。
その後は愛知や埼玉県での出稼ぎなどを経験し、帰ってきてからは酪農との兼業にも取り組みましたが、町の森林組合で造林事業にたずさわるようになり、32歳からは林業一本に。山火事防止のための水タンクの開発や、下刈り鎌をカーキャリアにつけるなどユニークな発想で周囲を驚かせる一方で、やがて蔦雄さんは間伐で出た枝や伐採のあとに出る雑木など、山仕事で派生する“余剰物”の存在に目を留めるようになりました。それらは利用されることなく、山に放置されていました。
 

 

造林コンクールで創意工夫賞を受賞したこともある。アイデアマンだ。

 

「長く林業に関わっている間に、何でももったいないと思うようになった。昔から何かを工夫するのが好きだったしね」。

若木、朽ちた木。森の奥で樹木の循環が静かに行われている。

天狗森神社の小さな祠。旧暦の6月1日には祭礼が行われる。

リスが食べ残したマツカサ。「エビフライみたいでしょ」と蔦雄さん。

しんと静まり返った森の中に子どもたちの声が響く

軽トラに乗り込んで10分、天狗森神社のある山の頂上に着きました。私たちと一緒に山にやってきたのは、葛巻町に暮らす下天广(しもてんま)地歩さんと3人の子どもたち。お社を目指して森の中を歩き始めます。
山奥だというのに梢を透かして日差しが差し込む明るい森は、ブナやミズナラ、カエデなどが混在する落葉樹林帯。「里山のこんな近いところにブナの原生林があるのは珍しいんですよ」と蔦雄さん、さらに周囲を探し始めます。木の根元に生えた小さなコシアブラやアオダモの芽。ハウチワカエデの瑞々しい若木に、姿はすでに立派なゴヨウマツの幼苗。春一番に白い花を咲かせるオオカメノキの葉の大きさには子どもたちもびっくり。そして、リスが食べたマツカサの“エビフライ”を、蔦雄さんと一緒に大喜びで探しています。
「ここは植物の宝庫。散策するだけで本当に面白いんですよ」。
誰よりも楽しそうな表情で、蔦雄さんは話します。
 

 

祭礼の際に火を燃やした後からサルナシが芽吹いている。

見て、触れてみる。森にはさまざまな発見が満ちあふれている。

 

平成15年、蔦雄さんは山仕事のかたわら、自然体験メニューを提供する「安孫自然塾」を立ち上げました。「山を楽しみ、山を育てる」というテーマのもと所有する天然自然林を主なフィールドに、自然観察から木の皮細工などのものづくり講座、山菜採りやキノコ採り、さらに林業を学ぶ座学から下刈りや除伐などの体験メニューなど、1年を通して100種類を数える体験メニューを考案。特に林業体験は町内外の小中学校が毎年の体験授業に組み込むなど内容が充実しており、現在でも地域の幼稚園や自治会などから体験の申し込みが舞い込みます。

 

伐倒方向を確認。わずか50cmの隙間に倒したこともあるという。

倒した木は枝を払い、適当な長さに伐る。手際の良い作業。

樹皮はカゴづくりなどに利用できる。内皮は黄色く染まる染料に。

 

 

「山にはたくさんの宝物があるんだよ」

この日はそんなメニューの中から、伐採を実演してもらいました。切り倒すのは、樹齢20年余りのシラカバ。チェーンソーを構え、根元に「受け口」を刻み「追い口」を入れると…メキメキメキ…ドスン!! 地面を震わせ、狙った方向にピタリとシラカバが倒れました。その迫力に、圧倒されてしまいます。

 

安孫自然塾では、山の中に設けられた広場で「青空学習」も行われる。

伐採跡地にて。「放置された木は、大雨などにより災害の原因になることもある」と蔦雄さん。

 

 次にやってきたのは、カラマツを伐採した山の傾斜地。山肌のあちこちにはナラやアオダモなどの木が、伐採されたそのままに残されています。
「カラマツと一緒に伐採された雑木は搬出コストがかかるから放置するしかない。効率を優先する今の経済の仕組みには合わないからだけど、あの中にだって『宝物』がいっぱいあるんです。きちんと手入れされているかいないかも含め、森の豊かさは森の中に入ってみないとわからない。上空から見たら同じような緑の山に見えるからね」。
 そう話す蔦雄さん。安孫自然塾を立ち上げた理由のひとつには、自然体験を通して山と林業について知ってもらいたいという思いもあったといいます。実演してくれたシラカバの伐採も、寿命を迎えた大木が倒れるなどして森が荒廃していくのを防ぐため。もちろん、伐ったあとの材はいっさい無駄にはしません。

シラカバのスプーンづくり。削りだしから体験することも出来る。

子どもたちは磨き作業を体験。滑らかになるまで一生懸命。

 

ものづくりを通して感じること

 山を下りた私たちには、もうひとつの体験が用意されていました。蔦雄さんがあらかじめ削りだしていた材料を磨いて、世界にひとつだけのシラカバのスプーンを作るのです。カトラリーづくりもまた、安孫自然塾の人気体験メニューのひとつです。
 サンドペーパーを手に夢中になって磨く子どもたち。その姿を愛おしそうに眺めながら、蔦雄さんは「参加者から勉強させてもらうことも多い」と話します。安孫自然塾を始めて14年、県内はもとより遠くは九州からの参加者とも山に分け入り、山の恵みのことを伝えてきました。それでもまだ、やりたいことはたくさんあります。

 

たくさんの魔法が詰まったような蔦雄さんの作業場。

 

「自分自身もまだ使えきれないぐらい、山には宝物がいっぱいある。どうしたらそれを使えるかをいつも考えています。こんなバカ、他にはいないでしょうね」。

安孫自然塾 外久保蔦雄
Tel 090-5835-5477
Fax 0195-66-1450