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弘法大師が授けた井戸水のもと、
脈々と受け継いでいる幻の「観音寺セリ」

「産土(うぶすな)」という言葉がある。その人の「生まれた土地」を意味する。

そしてそれは、産み出してくれたものに対する感謝の念と、産み出していくことへの思いが募る場所でもある。

登米市迫町北方にある南観音寺地区。

みちのくの古(いにしえ)からある共同作業の風景。

その中でヒロインのようにかわいがられながら作業をすすめる若い上野まどかさんは、東京から帰郷し、いまはセリ栽培に精を出している。未来につながる「観音寺セリ」を象徴するような存在だ。

真言宗海岸山観音寺があった登米市迫町北方の南観音寺地区。地域の農家よって地ゼリが受け継がれている

笑顔の上野まどかさん

この地を守り、幻のセリを育んできた井戸

みずみずしい緑色が目に飛び込んでくる約2千㎡のセリ田。集落の農家によって大切に守られたきた地ゼリ。いつ頃からこの観音寺セリを作っているのか聞いてみる。

「いつぐらいからかな、わかんねーな-。気づいた時には、普通にセリを栽培していたから。」

この地ゼリづくりを長い年月守ってきたものがある。弘法大師から授かったという伝説のある井戸だ。

 諸国を行脚していた弘法大師が水をもらいに南観音寺地区を訪れた。村人はわざわざ遠くまで水を汲みに行ったという。感動した弘法大師は、礼として井戸を授けることに。持っていた杖で地面をついたところ、そこから清水が湧き出した。その水で薬草であるセリを栽培するよう話されたことが始まりといわれている

「セリの品質には水が大きく関わる。うちらにはこの弘法大師さんの水があるからね。どこにも負けないセリができるんだね。」

きれいな水でしか育たないセリ。他の地区で栽培を試みてもうまくいかなかったという。干ばつでも枯渇することなくこの地のセリ栽培を助けてきた。だから、この地では弘法水に守られた“幻のセリ”と言われている。

 

弘法大師がひらいたという伝説の井戸

井戸で作業をするセリ農家、木村寿さん

皆さん朝早くから収穫作業を進める

収穫の時期、作業は1日がかりだ

水の中で腰をかがめながら。寒い季節は厳しい作業だ

 

手をかけ心をかけ、脈々と受け継いできた地ゼリ

「セリは本当に一年中手がかかるもんだね。割にあわないねー」と、しみじみと、でもうれしそうに青々となったセリを見つめながら語るおばあちゃん。

一年を通して、たくさんの作業工程がある。

3月下旬〜4月上旬に、作付用として分けておいたセリの一部を、「種ゼリ」として苗床に植え、育苗をはじめる。セリは種をまいて育てる種子繁殖ではなく、苗を作って増やしていく。

育ってきた種ゼリを9月上旬にセリ田に植え換えをする。葉と根を切り定植すると、節の部分から新たに葉と根を伸ばしていく。

12月下旬。いよいよ「根ゼリ」の収穫の季節だ。

「根ゼリの収穫は、真冬の冷たい田の中に入るので、大変な作業だね。でも、正月の雑煮には無くてはならない食材だからね。」 

根っこの部分まで食べることができるのが特徴で、とても食感がいい。

そして緑香る4月上旬。「葉ゼリ」として2回目の収穫ができるようになる。葉ゼリは60から70㎝もなる長さと太くて柔らかい葉柄が特徴だ。

「地域で自分たちが育て、種ゼリを取り、また育てる。観音寺セリはそうして伝わってきたんだ。先人の苦労のおかげで今のセリがあるから、絶対絶やせないね」。

 

前の年に種ゼリとして残しておいたものを作付けし育苗する。観音寺セリはこのように脈々と受け継がれてきた

水の中での収穫作業。水とともにあるセリの栽培

 

昔ながらの結いの手作業。懐かしい風景が広がる

弘法大師の水を引いた5つほどのセリの洗い場がある。それを交替で共有しながら水洗いをする。

「根には土がついているから、収穫したらしっかり水洗いするんです。手作業でやるので時間がかかります」と語る上野さんも先輩農家さんたちといっしょに水洗いの作業を行う。座って作業するため腰まで水に浸かっている。上半身をかがめ、泥を洗い流して選別する。

「井戸水なので冬でもそれほど冷たくないので助かります。弘法水のおかげですね、感謝しています。」

弘法大師の水で育ったセリを、最後に弘法大師の水で土を落としていく。気のせいか、緑色のつやが出てくるようだ。シャキシャキの歯触り、独特のかおりを味わえるのは、この弘法大師の水のおかげだ。

 

共用のセリ洗い場。きれいな水にセリが生き生きとしてくる

洗い場は語らいの場でもある。上野さんにとってセリ栽培を伝授される学びの場でもある

まさに幻のセリの存在感

 

家族のように語らう時、同じ思いを重ねる

お昼時。公民館で作業の手を止めみんなが集まってきた。一日中作業は続くので、本当に短いほっとできる時間だ。

上野さんの採ったばかりの観音寺セリを使った手料理がテーブルに並ぶ。観音寺セリの特長である食感と香りを一番楽しめるのが、おひたし。茎の部分とベーコンとにんにくのみじん切りの炒めものもおいしい。

根の食感を楽しめるのが、セリの根のきんぴら。弱火で砂糖を入れて炒めて、水分が出てきたら捨てる。その後、醤油と酒で味を調える。食感が良く、香りも高い。

鮮やかな緑が目を楽しませてくれる一品は、炊きたてのご飯に混ぜ込むセリご飯。そして、この地域で忘れてはいけないのが、はっと汁。自慢の登米名物に観音寺セリを入れる贅沢がある。

「まどかの手づくり料理は、ほんといい味だー」と皆うれしそう。あったかい時間が流れている。

「いつ結婚するんだ、早く婿もらえーって、いつもいじめられています。でも家族のように話をしていて、みんな気に懸けてくれる人たちがいるというのはありがたいことですね。」

 

名物のはっと汁にもセリを入れる。香りが立ち食感も高まる

おひたし、炒め物、きんぴら…様々にアレンジできるセリ料理の数々

セリ料理を囲んでの昼食は家族のような雰囲気。昔懐かしい風景がここにある

 

地域の授かりものを大切に後世につないでいきたい

今、観音寺セリが後継者不足により年々農家が減少し、存続が危ぶまれている。若い人が今後引き継いでいってくれるかはわからない。都会ぐらしから集落に戻ってきてくれた上野さんの存在は、この地の人々にとってとても明るい存在だ。

「毎年観音寺セリを楽しみに待ってくれているお得意さんがいるからね、なんとかして残したい。自分も体の許す限り頑張るつもりだ」と話す先輩たちの話をじっと聞く上野まどかさん。

大学を卒業し上京。勤務した広告代理店で、登米市の地域活性化事業を担当した。その時から登米市で開催される「東北風土マラソン&フェスティバル」に実行委員として関わり、「農業を通して地元を元気にしたい」という思いを募らせたという。

「今は実家に戻り、小さい頃から地域の人が育てるのを見ていた観音寺セリの栽培を始めることができました。小さい頃から身近にありすぎて、古里の良さが分かっていませんでした。風土の素晴らしさ。水の清らかさ。人と人のつながりの素晴らしさを感じています。」

井戸の水でみんなで一緒にセリを洗う日々。美しい風景の中で脈々と息づくセリの田。東京で暮らしてみて、この地の豊かさを改めて知ることができたという。

「弘法大師さんの水がこの地を潤し、守ってきたように、今はこの地元の宝を、しっかり伝えていきたいと思っています。」

 

「父とともに農作業ができる幸せを感じています」と語る上野さん。受け継がれていく地域の宝。食を通して地域を盛り上げていく仕事をしていきたいと夢は広がっている