地域に受け継がれてきた、“庶民の酒”が世界へ。
遠野で造られる、魅惑のどぶろく【前編】

まるで昔話の世界にタイムスリップしたようだった。

もとは庄屋だという江戸末期建築の南部曲り家。囲炉裏端の舞台では飯豊神楽が躍動的に舞い、周りの人たちはそれを見入るようにしながら、あるいは仲間と談笑しながら、お膳の小鉢に箸をのばしている。そして皆うれしそうに湯呑みを口へ運ぶ。

次々と空になる湯呑みに勢いよく注がれるお酒が、今回のテーマ「どぶろく」だ。

遠野周辺は神楽が盛ん。地域に受け継がれる音と酒の“饗宴”に心が高揚していく。

ここは民話の里・遠野にある「遠野ふるさと村」。第18回目を迎えた「どべっこ祭り」が行われていた。

どぶろくとは、もろみ(米麹と酵母を発酵させた固形物)を濾さずに造る濁り酒のこと。そのため、かゆ状になったお米の形や食感がお酒に残る。一方、よく目にする清酒は、もろみを濾すために米粒が残らない。

ちなみに「どべっこ」とは「どぶろく」の訛りかと思い、現地の人に尋ねてみたが、どべっこはあくまで濁り酒(清酒)だという。しかし、遠野市のHPなどでは、やはりどぶろくが訛ったものとされていて、どうもはっきりしない。

そもそも、どぶろくという言葉にグレーな印象を抱く人は多い。それはかつての密造酒としてのイメージを想起させるからだ。

会場に並ぶ「どぶろく」と「どべっこ」。
遠野で獲れたヤマメの甘露煮など、当地ならではの味わいが並ぶ。
「遠方や海外からのお客さまも多く、いつも満員に近い状態です」と遠野ふるさと村 六代目支配人の松本さん。

日本の酒文化を守り、育んだ、地域の人々。

どぶろくの歴史は古い。起源は定かではないが、少なくとも平安時代には、そのもとになる濁酒が存在していたとされる。誕生以来、いくつも時代が変わり、世の中が変わっても、変わらず日本人に愛されてきたのだ。

1899(明治32)年、税収の柱として酒税を確保するため、酒類の自家醸造が禁止される。しかし、それ以降も税務署の取り締まりをかいくぐり、日本各地でどぶろくは造られつづけたという。高価な清酒に手が届かなかった庶民や農家など、多くの人々が家庭でどぶろくを造り、愛飲していた。「あの人の造るどぶろくはおいしい」「あそこのは酸っぱい」と、その味わいもコミュニティで共有され、人気のものは物々交換で高価な清酒に変えられたという。

どぶろくは、日本の酒文化の一端を担っていたのだ。

次々と湯呑みが空になる。どぶろく愛が仲間意識を強くしているように見えた。

ところが昭和中頃、日本が高度経済成長期に突入すると、地域や家庭で受け継がれてきた庶民の酒は、表舞台から徐々に姿を消していく。技術や流通が進化し、清酒が手に入りやすくなったのだ。

かつては多くの民家で、どぶろくが造られていたという遠野でも、郷土の味は失われていった。

「ヤマメの塩焼き食べていかない?」と寒い土間でも元気な婦人たち。

それから数十年後、遠野は観光客の伸び悩みに頭を抱えていた。

そのとき、切り札として出されたアイデアが、どぶろくの復活だった。「日本のふるさと」として、まちづくりを進める遠野にとって、古くからのどぶろくの味わいと文化はかけがえのない地域資源。次第に製造再開を求める声が高まり、国への働きかけが行われた。

そして2003年、どぶろくがついに日の目を見ることになる。当時の小泉首相による規制緩和の一策として通称「どぶろく特区」※の新設が認められたのだ。

※構造改革特別区域計画として「特定農業者による濁酒の製造事業」が認定。

 

地域資源として、ついに表舞台へ。

遠野市は、現在200近くにもなるという、どぶろく特区の全国第一号。4団体がどぶろくを製造し、生産量は当初の約90倍、3万リットルにまで増加。さまざまな派生商品が展開されるなど、経済効果を生み、街の活性化に一役買っている。

前述のどべっこ祭りも毎回盛況で、多くの人々が訪れるという。祭りのたびに各地から集まって顔を合わせる、“どぶろく同窓会”状態のリピーターも多いとか。この日は残念ながら見当たらなかったが外国人もよく参加するとのことで、この独特の雰囲気は日本でのエキサイティングな体験になったことは想像に難くない。

某県から訪れたという六十代の男性は「おれらんとこでも昔は造ってたんだよ。役人から隠すの大変だったんだから。今日はうんと久しぶりに飲んだな」と赤い顔で豪快に笑った。

どぶろく祭りに毎年参加している女性は「毎回変わる料理と普段は会えない仲間と飲めるのが楽しい。こんな体験、ここでしかできない」と満足気。
関東から訪れた女性二人組。「初めてどぶろくを飲んだけど、さっぱりしていておいしい」「昔ながらの文化を感じられて貴重な経験」と祭りを楽しんでいた。

酸味がきいた、ふるさと村のどぶろく。

高まる会場の熱気に「これは早く自分も飲まねば」と一杯いただいた。何を隠そう、人生初のどぶろくだ。一口飲んでみると、爽やかな酸味の中に、まろやかさも感じられる。そして、お米の粒感や舌触りが新鮮で楽しい。

「これはすぐ飲めちゃうぞ」と調子に乗っていると、それを察したのか、法被姿の女性が「飲みやすいけど、気をつけないと危ないよ」と笑顔で一言。確かにアルコール度数は14〜17度ほどで清酒と変わらない。

忠告に感謝しつつ飲んでいると、残り少なくなった湯呑みの中には、たくさんのお米が。「あ、飲み方失敗しちゃった…」。しかし、どうにも口惜しく、他の人から見られないように指でちまちまとお米をかき集め、ぐいっと一気に飲み干した。

 

初めてのどぶろく。空腹だったこともあり、早々と飲み干してしまった。すぐにからだの内側にアルコールの熱を感じた。
どぶろくのことを一部では暗語として「白馬」と呼ぶ。会場の馬屋に佇む「白雪」は祭りの喧騒にも我関せず。

 

後編では、どぶろく造りのパイオニアや海外へ魅力を発信する新進気鋭の若手をご紹介します。話はどぶろく造りの苦労から、これからの農業のあり方にまで広がりました。

 

「遠野どべっこ祭り」は来年3月まで各月2〜4日間の開催です。記事のような北国情緒と「どべっこ」を存分に楽しめます。詳細は下記サイトをご参照ください!

http://www.tono-furusato.jp

遠野ふるさと村

〒028-0661
岩手県遠野市附馬牛町上附馬牛5-89-1
電話:0198-64-2300
FAX:0198-64-2827

[みちのカメラマン] チケフォト 高萩恵子

岩手県出身、仙台在住。東京にてスタジオマンを経験、帰仙後、アシスタント、社員カメラマンを経て、2002年「chike photo」を設立。フリーランスフォトグラファーに。人物写真が得意。